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【音楽】Beautiful World/宇多田ヒカル

 エヴァンゲリオンの主題歌といえば? 昔は「残酷な天使のテーゼ」一択だったでしょう。しかし今は「Beautiful World」を挙げる人もいるのではないでしょうか。私は初めて見たエヴァが新劇場版:序だったので、どうしてもエヴァ=宇多田ヒカルというイメージがあります。今回は私がこの曲を聴いて感じたことを言葉にしてみたいと思います。

 

 序のラストといえば、碇シンジの「笑えばいいと思うよ」の台詞と綾波レイが笑うシーンです。この後にBeautiful Worldが流れます。この曲はピアノとベースがメインで重低音強めのメロディーが特徴です。それ故に低音を強く出力しないイヤホンで聴くのと、映画館のスピーカーで聴くのとでかなり印象が変わると思います。先月のリバイバル上映でこの曲を聴いた時は、正直「違う曲?」と思いました。個人的には、実はイヤホンで聴く方が好きだったりします。重低音が強くない為、より音がシンプルに聞こえます。

 新劇場版ではヤシマ作戦をきっかけに感情の希薄だった綾波が少しずつ笑顔を見せるようになり、それは彼女の中で新しい何かが生まれたということ。その心境の変化をBeautiful Worldという曲は音で表現しているように感じます。止まっていた心電図が動き出すように、「It's only love」の歌詞からピアノが音を奏で始める始まり方は、ヤシマ作戦後の綾波との親和性があります。そこから続く「君の側で眠らせて」という願いも、もっとシンジと一緒にいたいという思いだと解釈できます。

寝ても覚めても少年マンガ

夢見てばっか 自分が好きじゃないの

何が欲しいか分からなくて

ただ欲しがって ぬるい涙が頬を伝う

Beautiful World / 宇多田ヒカル

 一方でAメロの歌詞は綾波のイメージとは程遠いものがあります。この時の綾波の部屋には、服と薬と食料しかない殺風景しかありません。その為、メロディーとしては綾波の心境を表現しているように聴こえるものの、歌詞ではシンジの内面を表現しているように思えます。

 このように、どうやらBeautiful Worldという曲は特定の人物の心境を歌っているというわけではなさそうです。それよりももっとマクロな視点で、エヴァンゲリオンという作品を抽象的に歌っているのだと思います。ただやはり、個人的には「綾波レイの感情の芽生えを表現した曲」という印象は強いです。まあ、序の主題歌ですからね。

 たった一つ、どんな場所でもいい、そう修飾され何度も繰り返される「君の側で眠らせて」という願い。この曲を聴いて感じるのはその願いの純真さと、何より儚さです。この儚さの表現が、私の中でBeautiful Worldという曲を強烈に印象付けました。

 宇多田ヒカル氏の透明感のある声と曲調からしてそうなのですが、特に切なさを感じるのはラスサビの歌詞が終わったところの後奏です。この後奏の部分はサビの「Beautiful World」の歌詞に被る演奏と同じなのですが、ここで初めて声なしで聴く事になります。ここで奏でられるピアノが何回聴いても心に来ます。

 全体的に重ためなこの曲の中で、ピアノの歯切れの良い音はとても軽やかに聴こえます。さながら静かな水面に波紋を作るように音のひとつひとつが心に沁みるのですが、その音はあまりにも軽くて、時が経てばまた平坦な水面に戻るように、ピアノの音も消えてしまいます。このピアノの音に余白を感じて、色々と想像してしまうのです。先に書いたように「綾波に生まれた感情」、他にも「綾波を死なせたくないと思うシンジの気持ち」ともこのピアノが重なって聴こえて。

 これは感じ方の問題かもしれませんが、私はここの演奏に力強さのようなものを感じてはいません。それが凄く良いと思っていて、というのもエヴァといえばシンジを筆頭に、「大人の事情で不条理に付き合わされる子供たち」という構図があります。大人に、使徒に、そして父に。シンジは時として強い力に屈することもあります。綾波も例外ではありません。彼ら彼女らの願いは大人たちのエゴや強力な力を前にすると、簡単にへし折られてしまう脆くて繊細なものです。

 この後奏のピアノはそんな彼らの願いと重なって、一瞬の余韻の後にすぐ消え去ってしまう儚さと純真さを感じます。それが曲の終わりが近づくにつれて、思い人の姿を叫ぶ声と共に消えていくという表現になっていて、「ああ、もう消えてしまうのか」という虚しさを残します。これが何回も聞いていると後奏のピアノが終わりの始まりに感じて、また新劇場版:破とQの内容も重なったりして「行かないで」という気持ちになります。それでも、何も知らない彼らは止まれない。私に出来るのは彼らが生んだピアノの音が消えないように、いつまでも反芻し続けることだけなのか。

 

 ここまでは綾波の視点から聴いて感じたことを書きましたが、今度はシンジの視点から書いてみたいと思います。


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 この動画は新劇場版の制作会社であるスタジオカラーが映像制作を行ったMVです。サムネイルのシーンは、第五の使徒を倒した後に命令違反を葛城ミサトに咎められて家出したものの、ネルフの追っ手に捕まえられる時のものです。ちなみにここはアニメ版の描写とは若干差異があり、アニメ版では相田ケンスケとの交流を経て自らの意思で戻る選択をしたのに対して、劇場版ではそれがありません。連れ戻された後にミサトから嫌なら乗らなくていいと言われるのは同じですが、結果的に「自ら残ることを選んだ」アニメ版に対して、劇場版は「運命に翻弄され続ける少年」というスタンスが強いと感じています。エヴァに乗りたくないのに逃げることを許されない、そんな不条理に直面した彼の諦めと苛立ちが入り混じった表情がこのサムネイルです。このシーンは序の中でもかなり印象深く、個人的には凄く好きな改変でした。

言いたいことなんか無い

ただもう一度会いたい

言いたいこと言えない

根性無しかもしれない

それでいいけど

Beautiful World / 宇多田ヒカル

 ここの歌詞はそんなシンジの内面を表現しているように感じます。そんなシンジがエヴァに乗る恐怖や重責に真っ向から抗って戦うヤシマ作戦を見ると、「シンジ君凄すぎだろ……」と思います。

 第六の使徒の攻撃により瀕死の重傷を負ったシンジは今度こそ乗りたくないと伝え、今回ばかりはとミサトも掛ける言葉に戸惑っていましたが、ネルフスタッフの覚悟と誠意を知り、クラスメイトの激励もあってシンジはヤシマ作戦に臨みました。作戦でポジトロンライフル一射目を外した際、一時は震えて動けなくなった彼でしたが、再び自分の意思で立ち上がり使徒を殲滅します。そして危険な状態のエントリープラグから綾波を救い出し、例の「笑えばいいと思うよ」に繋がるわけです。

 この後に流れるBeautiful Worldなので、どうしてもヤシマ作戦でのシンジの気持ちと歌詞を重ねてしまいます。ただ、この時のシンジに「It's only love」と言えるほどの気持ちが綾波に向いていたのかと言われれば、果たしてそうなのでしょうか。ついでに言うと「Beautiful boy」なんていう言葉も出てきて、綾波に向けた歌詞と捉えるにはやや違和感のある個所が幾つかあります。

 作中で「boy」と呼べる登場人物、そしてこのMVのサムネイルから、自然とBeautiful Worldの歌詞はシンジに向けられたものだと感じます。では誰からシンジに向けたものなのか。それは綾波……でもあると思います。

Beautiful World

儚く過ぎて行く日々の中で

Beautiful boy

気分のムラは仕方ないね

Beautiful World / 宇多田ヒカル

 しかしこの歌詞は思春期特有の不安定さを理解して許容するような内容となっています。この事から、Beautiful Worldという曲は「宇多田ヒカルから碇シンジへの賛辞」という見方も出来るのではないでしょうか。シンジを運命に翻弄される悲しくも愛しい存在としてこういった歌詞を歌った、だとしたら私も同じ気持ちです。恐らくスタジオカラーのスタッフもそうなのでしょう。だから序の公開から時を経て、このMVの映像を制作したのだと思います。

 

 今回のリバイバル上映で改めてエヴァを見たわけですが、昔よりもずっとエヴァンゲリオンという作品が好きになりました。それにつられる形で、このBeautiful Worldという曲ももっと好きになりました。元々は親の車で流れていたから好きになった、という感じだったのですが、今では人生の中でもかなり好きな一曲になっています。