機動戦士ガンダム SEED DESTINYのシン・アスカ、銀魂の沖田総悟役を務めた声優の鈴村健一氏は、2008年から本人名義で歌手として活動を始めています。声優から歌手デビューする方は今となっては珍しくありませんが、彼の場合ほぼ全ての曲の作詞を自ら担当しており、2008年から2013年辺りまではコンスタントにシングルを発売する等、当時は特に精力的に活動されていました。
今回紹介するあすなろがリリースされたのは2011年。この頃は2作目のアルバムとなる「CHRONICLE to the future」を発表しており、まさに歌手としてノリノリだった時期に作られた曲で、アニメ「神様のメモ帳」のエンディングとして起用されました。
若さの象徴
あすなろというのはヒノキ科の樹木の名前です。名前の由来は以下の通り。
和名であるアスナロの名は、ヒノキに似ているが材としてやや劣るため、「明日はヒノキになろう」に由来するとされることが多く[86][31]、清少納言『枕草子』[62][44][注 10]、松尾芭蕉『笈日記』[注 11]、井上靖『あすなろ物語』[注 12]などでもこの意味で記されている。
Wikipedia「アスナロ」より引用
ちなみにWikipediaではこの説が正しくないとされることがあると続き、あすなろがヒノキに劣るということもないそうですが、この曲は引用した言説から作られています。秘めた思いを燻らせたままではいられず、不条理という言葉を神に置き換え、それに立ち向かう様が描写された歌詞で、言葉選びもテーマも神様のメモ帳にハマった曲になっています。
この不条理への反抗というテーマは、名曲として今尚語り継がれる尾崎豊氏の「15の夜」と同様、若さという言葉そのものです。80年代の若者が抱えていた鬱屈した感情を吐き出した15の夜なら、私にとってはそれがあすなろでした。
出会い
この曲に出会ったきっかけについて少しお話しします。
当時実家で飼っていた猫が病気で苦しんでいて、家族で話し合った結果、安楽死を選択しました。病院で注射を打ち、そのまま動物霊園に運んで火葬。雨が降っていたのを覚えています。帰りの車の中、少し落ち込んでいて、気を紛らわせる為に音楽でも聴こうと思ってガラケーで調べた時にこの曲に出会いました。
最初はメロディーが気に入って聞いていたのですが、サビの歌詞にある「たったひとつの冴えたやり方」という言葉が印象に残って、その日はずっとこの曲を聴いていました。ちなみにこのたったひとつの冴えたやり方というのは、1985年にアメリカの雑誌に掲載された短編小説「The Only Neat Thing to Do」の邦題で、これを歌詞に引用していることを後になって知りました。
立ち塞がる不条理
私にとって初めての身近な死がその猫だったので、当時は感情の整理に戸惑いました。死別の悲しさや安楽死を選択したということについては、その子の容態を見続けていたので仕方のないことだと早々に割り切れたのですが、この子に生まれてきた意味はあったのだろうかという疑問だけが靄になって残り続けていました。
当時の私は生まれたことには必ず意味があるし、そうでなければならないと思っていました。ただ生まれてからたった五年でこの世を去ったその愛猫に、何かを残すだけの時間があったと言えるのか、そしてもっと時間があれば何か意味と呼べるものを見つけることが出来たのかを考えた時、不憫で仕方なくなったのを覚えています。
一応言っておくと、その子は三匹の子猫を授けてくれました(その内一匹は死産でしたが)。だから死んだ後も形あるものは残り、生きる意味は確かにあったと言えるのですが、その事をどう伝えればいいのか分からなくて、最期の瞬間も何も言えませんでした。要するに、悔しかったんだと思います。生まれた意味は確かにあったと伝えて不安や苦痛を取り除くことが出来なかったことが。
そして「生まれた意味はあった」という自分の言葉を自分で信じきれないことが。じゃあ子供を生まなかったらこの子に生きる意味なんてなかったのか、生まれる前に死んでしまった子猫に生きるなんてなかったのか、そう誰かに問われて「違う」と言えない自分の無力さに嫌気が差したのを覚えています。
当時の私には、いつも頭の片隅で「どんだけ頑張って生きたって、地球がなくなったら何も残らないじゃん」という考えがありました。それが根底にあった為に、子供を生んで後世に繋ぐ出生主義自体ずっとピンと来ませんでした。どれだけバトンを繋いだっていつかなくなるのは事実で、その終わりが早いか遅いかに一体何の価値があるのかと、本気で思っていました。
だから死んでしまった愛猫が繋いでくれた命のバトンを、永遠に残すことが出来ない申し訳なさみたいなものも感じていました。子猫たちが生き続けてくれる限りは残るけど、その子たちが死んでしまったら意味はなくなってしまう。折角生まれてきてくれたのに、残してあげられなくてごめんなさい。まあ生まれた意味というのは、定義の仕方次第であるともないとも言えるものなのですが、当時の私の価値観だと「いつかなくなってしまう」としか言えなかったのが不条理だと感じていました。
代弁と道標、そして共感
すべて運命だなんて神の落書きだ 丸めて捨てるさ
鈴村健一「あすなろ」
そんな不条理への怒りを、この曲が代弁してくれました。
生まれ落ちた謎はすべて終わる時 解けると信じて
鈴村健一「あすなろ」
そして最後に、こういう歌詞が出てきます。私よりも遥かに長く生きている方でさえ、生まれてきた意味を謎だというのだから、今はまだ答えを出さなくてもいいのかもしれない。生き急いでいた私にそう思わせてくれた言葉でした。
ただこの曲が私にとって大事だと思う理由は、当時抱えていた気持ちを代弁してくれたことや道標になってくれたこと以上に、私と同じ気持ちになってくれる人がいるという事実だったのではないかと、今になって思います。どれだけ家族に優しくされても、多くの友達に囲まれても、自分の本当の気持ちを分かってくれる人がいなければ孤独は埋まらず、どこか冷めた気持ちで生きてきた青春時代に本音の部分で寄り添ってくれたことが何よりも掛け替えなかったか。今となってはこの曲を聴くことも殆どなくなってしまいましたが、当時の私にとってはとても大切な一曲でした。
終わり
あすなろをきっかけに鈴村氏の音楽が好きになり、社会人になってからはアルバムも買いました。鈴村氏は人生に関わる重要なところで手助けしてくれた歌手であり、同時に音楽のアンテナを声優に伸ばし始めたきっかけの人物でもありました。彼がいなければ今ほどアニメを楽しめていなかったかもしれないので、この場で感謝を伝えたく思います。
お勧めのアルバムは「CHRONICLE to the future」です。このアルバムに収録されている曲は、アニソン界の大御所である澤野弘之氏や、AKB48グループに多数の楽曲を提供した板垣祐介氏らが楽曲提供していることもあり結構万人受けするんじゃないかと思うので、興味がある方は是非サブスクで聞いてみてください。ちなみに私が一番好きな曲はミニアルバム「互」に収録されているロストです。