下川関の趣味ブログ

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【映画】月一エヴァを見た感想

 新世紀エヴァンゲリオンの30周年記念ということで企画された月一エヴァ。シト新生~シン・エヴァンゲリオン劇場版を一週間限定でリバイバル上映するという企画で、今月はヱヴァンゲリヲン新劇場版:序が映画館で上映されました。

 一アニメオタクとしてこれは見なければならない。そう思って毎月映画館に足を運んでいるのですが、今回は「映画館でエヴァを見た感想」について書いてみたいと思います。

 

シト新生

 私はアニメも旧劇場版も新劇場版も見たのですが、唯一この作品だけはほぼ初見でした。一応レンタルDVDで見てはいるのですが、内容が総集編だと分かった途端に視聴を辞めてしまったので。

 このリバイバル上映では、本編の前に関係者コメントが数分流れるのですが、そこで初めて「シト新生で魂のルフランが流れる」ということを知りました。有名な曲なので当然聞いた事はありましたし、エヴァの曲だということも知っていたのですが、シト新生のエンディングだということは全く知らなかったので驚きました。

 内容については総集編+Air/まごころを、君にの導入ということなので、これといった感想はなく何なら退屈だったのですが、魂のルフランは本当に良かったです。これを映画館で聞けたというだけで充分金を払う価値があったと思えました。

 これまで魂のルフランという曲は、どうにもピンと来ないというか「言っても残酷な天使のテーゼの方がいいよね」と思っていたのですが、完全に逆転です。最初のハモリは衝撃的でした。そこからのリズムの取り方も自然と心が躍り、聞いた事があるはずなのに全く知らない曲のように感じました。

 

Air/まごころを、君に

 この企画のメインはこの作品でしょう。Air/まごころを、君にはこれまでにも再上映されているようですが、いずれもひとつの劇場で数日のみの限定的な公開ということで、余程のファンでない限りは再上映されたことすら知らないでしょう(私も調べて初めて知りました)。そんな通称旧劇場版が、全国の映画館で公開されるというのだから心が躍ったファンは少なくなかったでしょう。私も映画館で見たことはなかったので、とても楽しみでした。

 とにかく印象に残るシーンが多かった旧劇場版。主人公がヒロインの上裸を見て自慰をするというとんでもないシーンから始まり、ネルフ本部の襲撃、弐号機が量産型に破壊される場面、人が次々にLCLに変化して消えていく描写、実写で語られる碇シンジの内面、そしてラストシーンです。

 

弐号機の破壊

 このシーンはとにかくショッキングでした。初めて見た時は映像のグロテスクさに面食らっただけでしたが、改めて見ると「そういえばアスカって弐号機とシンクロしてるんだよな」ということに気付きました。シンクロしているということはつまり、弐号機の内臓捕食を痛みとして感じているということであり、しかもこの時のアスカは完全復活して恐らくシンクロ率も絶好調だったと考えると、想像するだけで吐き気がしそうになります。シンクロ率をカット出来なかった伊吹マヤの無念と叫びは堪えました。


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 また弐号機の覚醒シーンで流れるBGMの偽りの、再生。これを初めて聞いた時はとても勇ましく爽快な曲のように感じましたが、こうしてトラックで聞いてみると違和感があるというか不安になる曲調です。以前何かで「躁鬱の躁状態みたいな曲」だと目にしたのですがまさにそんな感じ。

 

甘き死よ、来たれ

 個人的に最大の見どころが、人類補完計画発動時に流れる甘き死よ、来たれです。他人への不信感が募りに募ったシンジが、アスカに自分の事しか考えていないと痛いところを突かれ、逆上して彼女の首を絞めるシーンで流れるのがこの曲です。

 ここはシンジが「他人なんて要らない」とある種覚悟を決めるシーンで、この「アスカの首を絞める」という行為が人類補完計画が発動されることを示しています。自己矛盾に悩み、レイやミサト、その他多くのものを失い疲弊した結果の、一時の激情と諦めが描写された、まさに旧劇場版を象徴するシーンだと思っています。

 そのシンジの心情が、曲調と歌詞に表れています。最終的に他者との共存を望んだシンジでしたが、その思いに蓋をして受け入れようとする彼の諦め、ゼーレが望んだ人類の進化への祝福、その両方を感じられるメロディーです。

I know we can't forget the past

you can't forget love & pride

because of that, it's killing me inside

 

過去の出来事を忘れる事や

愛の誇りを忘れる事は出来ない

そんな思い出が私を壊していくんだ

「Ryosukeの洋楽和訳」様より引用

 過去、愛、誇り。この曲はそれらをとても大切なことのように歌いながら、それらが自分を傷つけるという矛盾を歌っています。何も知らなければこんなに傷つくことはなかったのに、でも何も知らなかったら誰かを大切に思うことは出来なかった、その苦しさと切なさこそ、旧劇場版のテーマそのものだという風に感じています。

 

シンジの内面描写

 人類補完計画が発動した後はシンジの内面描写が続くのですが、ここからは落書きのようなカットや実写の映像が入り乱れます。その中で私が特に印象に残っているのは、幼少期のシンジが砂場でピラミッドを作り、それを自ら踏みつけて再び作り直す描写です。この矛盾した行動こそがシンジという人間を象徴する行動であり、結末を知ってから見れば「何度でもやり直せる」という人間賛歌的なメッセージのようにも感じます。

 一度壊したからといって意固地になるのではなく、泣きながらまたやり直す。人間の弱さも強さも表したこの描写は、個人的には旧劇場版で最も感動するシーンです。

 

 正直なところ、映画館で改めて見たことによる変化というのは特に感じませんでしたが、劇場で初めてこの作品を見た時の衝撃は凄まじかっただろうなと思います。

 

新劇場版:序

 私が初めて見たエヴァはこの作品。正直、かなり苦手な作品でした。ドアップで映し出されるレイの顔がトラウマで、初めて見た時は眠れなくなりました。この年になって劇場で見ても「うわ……」となって、逆によく克服出来たなと不思議に思います。ただその分思い入れも強く、特に宇多田ヒカル氏のBeautiful Worldは「人生で最も大事な曲」のひとつになっています。

 改めて序を見た時に感じたのは、単純に一アニメ作品として物凄く面白いということ。アニメのヤシマ作戦までを再構築した内容ということでテンポよく進んでいきますし、エヴァならではの伏線を散りばめながらも「シンジが何度も苦しみながら、皆の為に立ち上がる」一本のストーリーになっていて、最後には「感情に乏しかったレイと打ち解ける」という分かりやすい終着点になっており、本当に単体で見やすい作品だと思います。

 エヴァに乗って使徒と戦う度に酷い目に遭うシンジ。最初は嫌々ながら誰にも必要とされなくなるのが怖くてエヴァに乗るという後ろ向きな理由で戦っていた彼が、トウジとケンスケを救ったことで彼らと友達になります。しかし第三の使徒との戦いで生死の境を彷徨うほどの苦痛を受けました。これで彼はまたエヴァに乗ることが怖くなるのですが、そこで自分を頼ってくれるミサトやクラスメイトの激励、そして一緒に戦ってくれるレイの存在もあって、一時はコクピット内で震えながらも最後には自らの意思で使徒を倒します。

 子供の頃に見たアニメの思い出が強く残っているせいか、シンジといえばどうしてもうじうじした子供という印象があったのですが、序のテンポ感で見ると物凄くヒロイックで「シンジってめちゃくちゃカッコいいじゃん……」と感じました。それでいてシンジが感じている苦痛や苦悩は映像と演技で損なうどころか寧ろパワーアップしているので、本当に凄い作品だなと思います。

 特に第三の使徒にエヴァが攻撃されるシーン。アニメ版だとここは使徒の光線に焼かれて速やかにエヴァが回収されるのですが、劇場版だと回収する為のカタパルトが融解してしまいます。これによりシンジはより苦痛を味わう事になってしまいました。この時のゲンドウへの「こっから出してよ!」という懇願はとても悲痛なものでした。友人が出来た事で、エヴァに乗ることにもやりがいのようなものを感じ始めてきたのかなというところでのこの仕打ちから、本当によく立ち上がることが出来たなと思わせられる追加シーンでした。

 ヤシマ作戦も大幅に描写が追加されています。アニメのシンジは言われるがままエヴァに乗るのですが、序ではエヴァに乗ることを拒否します。個人的には序のこの場面追加はとても大事だと思っています。戦わなければならないと分かっていても、理屈じゃない部分で拒否したいと思うのは、先の仕打ちを考えれば当然、寧ろアニメ版の方は物分かりが良すぎます。

 痛みへの恐怖、エヴァに乗るという危険な仕事を自分に押し付ける大人たちへの不満をぶつけるシンジに、ミサトも自分たちの覚悟を見せて説得します。この言葉の選び方が凄く印象的で、「強制する資格は自分にはないのかもしれないが、それでも戦って欲しい」というニュアンスの、厳しくも優しい言葉遣いになっています。ここでただ甘い言葉を掛けるのではないところに彼女の責任感が表れており、それをシンジが感じ取ったからこそ再び乗ろうと思い直すきっかけになったのでしょう。

 そして作戦行動中の描写。一射目を外したところで使徒からの攻撃を受け、それを零号機が受け止めている間に二射目を放った撃退するという構成は同じですが、この一射目を外した後に追加シーンがあります。使徒の攻撃を受けたことで身体に刻まれたトラウマを思い出したのか、失敗のリスクが現実味を帯びたことによる重責からか、コクピットで震えるシンジ。このシーンがあることで序が分かりやすい「主人公の成長ストーリー」になると同時に、キャラクターに深みを与えています。

 こうして振り返ると、本当に追加シーンが多くて見応えのある作品でした。いつか序単体で記事を書いてみるのもいいかもしれない、そう思っています。

 

 今回は以上、次回作の破は来月公開です。見たらまた感想を書いてみたいと思います。