元スーパースターのラッセル・ウェストブルックは、25-26シーズンをサクラメント・キングスで過ごし、オフではその去就が注目されていましたが、先日突然の引退を発表しました。今回は彼について少し語りたいと思います。
NBAの常識を覆した選手
ミスタートリプルダブル
ウェストブルックを語る上で欠かせないのは、そのオールラウンドな能力でしょう。ミスタートリプルダブルという名が示すとおり、得点・リバウンド・アシストの全ての局面で活躍しました。
上記の3項目で2桁以上の数字を記録する通称トリプルダブルは、それまで極めて達成が困難な記録とされていました。キャリアで一度も達成できない選手の方が9割以上、継続的に達成できたのは一部の伝説的な選手のみでした。
そんなNBAの常識を覆したのがウェストブルックです。それまでオスカー・ロバートソン唯一人しか成し遂げられず、今後塗り替えられることはないであろうと思われていたシーズン平均トリプルダブルを2016-17シーズンに達成したかと思えば、立て続けにトリプルダブルの記録を打ち立てました。3項目で20以上の数字を記録するダブルトリプルダブル等の人智を超えたレコードも叩き出し、それに呼応するようにリーグとしてトリプルダブルが急増します。
今や少し名のある選手であればトリプルダブルは当たり前、時にはローテーションメンバーでさえも成し遂げている記録になり、そしてウェストブルックのキャリア合計トリプルダブルの209回さえも、二コラ・ヨキッチがあと一歩で塗り替えてしまうところにまで来ています。
新常識:リバウンドからの速攻
ウェストブルックは現在では当たり前のものとなっている「リバウンドからの速攻」という戦術を確立しました。この戦術で彼が結果を残したことで、徐々に高速化に向かっていたリーグの流れが一気に進み、それに伴ってリバウンドの強さを得点に還元出来る選手の価値が高まりました。
つまりウェストブルックはステフ・カリーと並ぶ、リーグ高速化のパイオニアだったといえるでしょう。そしてリーグ全体の傾向としては、カリーよりもウェストブルック中心のチーム作りをモデルケースにすることの方が多かったです。
もしも彼がいなかったとしたらヨキッチやルカ・ドンチッチは生まれなかった……わけではないでしょうが、今ほど彼らが注目されることはなかったかもしれません。特にヨキッチに関しては元が二巡目指名ということもあって、もしかしたら歴代レベルの選手にはなっていなかった、という可能性は充分にあるかと思います。ヤニス・アデトクンポも同様で、もしウェストブルックというモデルケースがなかったとしたら、自信を持ってハンドラープレーに取り組めなかったかもしれません。
凶暴とすら形容できる身体能力と反応速度でリバウンドを掻っ攫い、僅か6,7秒でコートを横断して力強いダンクを叩き込む。何より恐ろしいのはそんなプレーを試合を通して、そしてシーズンを通して続けられる怪物じみたスタミナであり、彼をミスタートリプルダブルたらしめる重要な要素のひとつでした。
俺は絶対に疲れない。何故ならそう決めたから。
これは過去にウェストブルックが残した言葉です。この発言からも、彼が如何にエネルギッシュな選手だったかが伺えるでしょう。
ウェストブルックは巨大なエネルギーの塊のような存在で、そのプレーは例えバスケに触れたことのない人であっても惹きつけられるものがありました。
新常識:究極のワンマンチーム
彼がNBAに与えた影響は、リバウンド速攻という戦術を確立したのに留まりません。ウェストブルックがチームの中心となった当時のオクラホマシティ・サンダーは、当時流行していた複数のスター選手を迎えるチーム作りとは反対に、より専門性の高いロールプレイヤーを揃えるロスター構成でプレーオフチームになりました。スティーブン・アダムスやアンドレ・ロバーソンはその典型例です。
後にポール・ジョージを獲得したこともあって形は変わりましたが、一人のスーパースターの為にチームを作るという思想は、相性の良いスター選手を求め続けるチーム作りの流行に一石を投じたのは間違いないでしょう。
このようにウェストブルックは、型破りなプレースタイルでそれまでNBAで常識とされていた概念を覆し、新たなスタンダードを作った、間違いなくNBAの歴史に名を残す偉大なスーパースターです。
最高のエンターテイナー
ウェストブルックを語る上でもうひとつ欠かせないのが、彼がNBA屈指のエンターテイナーであったということです。上記のようなエネルギッシュなプレーは勿論のこと、時に他では見られないような信じられないミスを犯すのも彼の特徴でした。
絶好の得点チャンスでダンクをミスするのはご愛敬、元々ジャンプシュートの精度が良くなかった為にとんでもない方向にシュートを打ち、極めつけはレイアップミス。パスでいえば誰もいないところへキックアウトパスを飛ばしたかと思えば、時には目の前の相手へパスすることさえあり、ターンオーバーの多さはファンからすれば目に余ることもあったでしょう。インバウンズパスを受け取った後、ドリブルせずに歩いてトラベリングを吹かれるプレーは伝説的です。
しかし逆転不可能と思える状況を覆すのもウェストブルックでした。周囲の選手が疲弊する試合終盤でも猛獣のようなディフェンスと圧倒的なスタミナで速攻を連打し、クラッチなスリーを決めたのも一度や二度ではありません。数々の逆転劇を生み出した彼は稀代のゲームチェンジャーであり、彼のバスケはショーとしては最高でした。
他にも試合中に見せるパフォーマンスや試合前の奇抜なファッション等、話題に事欠かない男でした。今後彼のキャリア合計トリプルダブルの記録は二コラ・ヨキッチが塗り替えるでしょうし、ひょっとしたら彼以上にエネルギッシュな選手も現れるかもしれません。しかし彼ほどNBAを盛り上げてくれるエンターテイナーは、今後二度と現れないかもしれません。
私にとってのウェストブルック
23-24シーズン プレーオフ
私にとってウェストブルックは、あくまで好きな選手の内のひとりでした。ショーマンとして好きだったので贔屓には欲しくないけど、傍から見るのは好きという感じでした。
そんな彼が贔屓のチームとプレーオフで対峙したのが2023-24シーズン。ダラス・マーベリックスとロサンゼルス・クリッパーズの対戦で、ウェストブルックはシックスマンとして出場していました。
ジェームズ・ハーデンのツーメンゲームと、カワイ・レナード&ポール・ジョージの1on1オフェンスが主軸となる中で、ウェストブルックはハンドラーがメインではあるものの様々なプレーに絡んでいきました。驚異的だったのはやはり速攻と、オフェンスリバウンドでしたね。レナードが怪我でまともにプレー出来ないコンディションだったこともあり、概ねどのプレーにも対応出来たマーベリックスでしたが、オフェンスリバウンドから強引に勝ち筋を生み出されるとどうにも出来ず、見ていてはらはらしていました。
ただ何より恐ろしかったのはウェストブルックのディフェンスでした。ルカ・ドンチッチの巧みなスクリーン活用でディフェンスを攻略する展開にウェストブルックが入ると、彼がVSドンチッチのディフェンダーになります。ウェストブルックの1on1ディフェンスはヤニス・アデトクンポすらも封殺するプレッシャーがありますが、スクリーンへの対処が上手くないこと、マークマンの見落としが少なくないことからさして脅威ではないと思っていました。
しかし突如としてとんでもないところからダブルチームを仕掛けたり、常識では考えられないパスカットをしたりと、剥がしたはずのウェストブルックがディフェンスで躍動する様は心臓に悪く、同時にこんなプレーは見たことがないと胸が躍るものでもありました。
もしもあのシリーズでもっとウェストブルックにプレータイムが与えられていたら、一体どうなっていたのか。シリーズが終わった後はそんなことを考えていました。実はこのシリーズのクリッパーズのBPMが-6.7なのに対して、ウェストブルックは+0.2、ローテーションメンバーとしては唯一のプラスだったのです。
ただオフェンスリバウンドが効いていたとはいえトータルで見れば止められていたこと、やらかしが多いことから、起用しなかったことが間違いだったとは思いませんが、どうなっていたかは分かりません。良くも悪くもゲームチェンジャーだったことを示したシリーズでした。
最後に見た試合
その後ウェストブルックはデンバー・ナゲッツに移籍しますが、そこでもゲームチェンジャーとして存在感を放ちます。競争の激しいNBAでは多くの選手が毒にも薬にもなれずにチームを去るわけですが、ウェストブルックはキャリアの晩年を迎えても、ミニマムサラリーになっても変わらず毒でもあり薬でもありました。
とにかく存在感のある選手でした。キングスというプレーオフとは縁遠いチームに移籍したらしたで、マキシム・レイノー等の若手選手を率いて、爆発的な身体能力ではなくソリッドなパスで崩す正統派PGとしての存在感を見せました。
これは3/9のシカゴ・ブルズとの対戦、私が最後に見たウェストブルックの姿です。この試合で彼は23点11リバウンド12アシスト、キャリア208回目のトリプルダブルを記録しました。
びっくりするぐらい上手くないですか? 身体能力に隠れがちですが、単純にPGとして先を読む力とパスを通す能力も一流で、この試合ではなんとターンオーバー0です。長年課題とされていたシュートも綺麗に決まっていて、これを見ると引退シーズンの選手のプレーとはとても思えません。実際オファーも複数あったようです。しかし本人の意思もあってのこの決断だったのでしょう。
最後に
ウェストブルックの引退が惜しまれるのは、彼が特別なプレイヤーだったからだけでなく、その人柄もあるでしょう。コート上では行き過ぎた情熱からしばしば相手選手とぶつかり合うこともありましたが、コート外では極めて紳士的だったと語られています。引退に際してはケビン・デュラントを始め、多くの選手からメッセージが送られていました。メディアで自分を派手に発信するのではなく、あくまでコートで自分を表現する、まさにスター選手と呼ぶに相応しい立ち振る舞いも彼が愛される理由でしょう。
Sometimes you don’t even know when you’ve already watched the end.
— Russell Westbrook (@russwest44) 2026年8月12日
You had to be there. And now it’s over. pic.twitter.com/6YoOW8WyIV
Sometimes you don’t even know when you’ve already watched the end.
終わりをすでに見届けていたことに、自分でも気づかない時がある。そこにいなければ分からない。そして今、すべてが終わった。
これはウェストブルックの最後のメッセージです。彼らしくキャリアの終了を簡潔に語り、ラッセル・ウェストブルックのNBAでの物語は終わりを迎えました。
いつか来ることとはいえ、いちNBAファンとしてやはり寂しいですね。プレーは勿論、彼は日本とも少なからず繋がりがある選手でした。ワシントン・ウィザーズで八村塁とプレーして、このシーズンに八村はプレーオフで3P 60%というとんでもないスタッツを叩きだし、今のキャリアに繋がる結果を残しました。
ウィザーズはこの7年間で20-21シーズンしかプレーオフに出場していません。この年がウェストブルクがいたシーズンなのですが、このシーズンももし彼がいなければプレーオフには出場できなかっただろうと思われます。もしそうであれば、レギュラーシーズンで32.8%しかスリーが入らなかった八村はシャープシューターとして評価されなかったでしょうし、シューターとして評価されていなかったとしたら、もしかしたらNBAで生き残ることが出来なかったのかもしれません。ウェストブルックの存在は八村のキャリア形成において、彼がいなければあり得なかったかもしれないというほど極めて重要でした。
そして2011年の東日本大震災の折には、ラマーカス・オルドリッジ、ガソル兄弟、アル・ホーフォード、デリック・ローズらと共に日本へ寄付を行っていたようです。2011年といえばウェストブルックはキャリア4年目、サラリーは4milです。一般的にいえばそりゃ大金ではありますが、ボディケアや宿泊先での生活費用等で私たちが想像するよりも遥かに金が入り用な彼が、ルーキー契約でありながら寄付してくれたというのはとても有難い事だと思いますし、いち日本人として感謝しています。
why notというのがウェストブルックの座右の銘。引退後、かの選手のように彼のwhy notメンタリティが他の選手たちに受け継がれて「ウェストブルック二世」として、再びNBAの地に蘇ることを願っています。長い間、お疲れ様でした。