※この記事はアニメ「SSSS.GRIDMAN」のネタバレが含まれます。
SSSS.GRIDMANは数多くの魅力がある作品ですが、中でも私が好きなのは曲です。このアニメの曲はオープニング、エンディング共に物語に深く繋がっており、SSSS.GRIDMANを語る上で欠かしてはならないものです。なので今回はオープニング曲の「UNION」、エンディング曲の「youthful beautiful」について語りたいと思います。
■UNION
グリッドマンはヒーローでありながら作中ではそれほど強いキャラではない、というか最初の戦闘以外は単体で怪獣に勝利していません。それがこの作品の醍醐味でありテーマでもあると思っています。一人では戦えないから誰かと手を取り合り、傷つきながらも怪獣と戦う。そうまでして彼らは、一体何の為に戦っているのか。
君を"退屈"から救いに来たんだ!
それがこの歌詞に繋がっています。誰かの命を救う為であるとかそういうことではなく、ただ「退屈から救う」その為に戦っているということがこの曲で歌われています。
月並みですが「なんて優しいんだろう」と思いました。仲間たちと肩を組みながら傷だらけの手を差し伸べて、何事もなかったかのように爽やかな声で「君を退屈から救いに来たんだ」と言う、それがグリッドマンというヒーローなんだとこの曲を聞いて感じました。
このヒーロー像こそがSSSS.GRIDMANが伝えたかったものなのだと思います。ヒーローは完璧でなければいけないなんてことはなく、手を差し伸べ続けることこそがヒーローである証なのだというメッセージです。「そんなのヒーローじゃなくてただの友達じゃん」と言われればまさにその通り。
何が言いたいかというと「グリッドマン=ただの友達説」です。ハイパーエージェントだなんだと大層な肩書の割に一人じゃ戦うことも出来ない、戦ったとしても綺麗に勝つことも出来ないグリッドマン。そんな彼のことを途方もなくカッコよく感じてしまうのです。そして最後にはフィクサービームで新条アカネの心を救い、ついでに多くの人の命まで守ったグリッドマンは、ただの友達であり最高のヒーローであると、最終話を見た時にそう思いました。
退屈そうに窓の外を眺めるアカネの目の前にグリッドマンが表れる映像は、数あるオープニング映像の中でも断トツで好きです。27秒から流れる、教室の外に立つアカネの姿がまた良い前振りになっていて、彼女の鬱屈した感情描写と対比する映像と爽やかな「君を"退屈"から救いに来たんだ」は、これが本編だと言われても納得してしまいそうな演出だったと思います。
■youthful beautiful
そんな素晴らしいオープニングを超えて好きなのがエンディングのyouthful beautifulです。オープニングがグリッドマンからアカネへの曲なのに対して、こちらはアカネから六花への曲になっています。単純にメロディーや歌詞が良くて、映像もどこか儚げなので初めて聞いた時から好きだったのですが、最終話を見て歌詞の全容が分かってくると途轍もなく好きになりました。最終話で覚醒したアカネの心情を歌った曲で、もう会えない友達への思いというテーマがもう既に切ない。
崩れてしまいそう
見つめる景色 空の青さも全部
これを最初の歌詞にしたというのが、アカネがなぜ現実から逃げ出したのかを強く裏付けていると思います。最終話でグリッドマンたちに勇気を貰ったその上でも(からこそ?)、彼女の目の前にある現実は直視し難いものだったことが伺えます。
汗ばむ季節の 虚無感の答え
誰も知らないんだな
これは最終話を見て初めてピンと来る歌詞だと思います。作中の登場人物は基本的に夏服を着ているので、話の大部分は夏頃の出来事で、最終話になってようやく冬がやってくるという時間の流れになっています。それを歌詞に当てはめると汗ばむ季節=夏であり、つまりアカネが現実に戻る前の事を指しています。本来彼女の理想であった世界を失ってしまった虚無感、それを現実にいる人たちは誰も知らない、そういうことを歌っているのだと思います。
明日明後日 その先だって隣で
君が待っていてもいなくても 走るよ
このまま足を動かせば 光になる
現実に戻ったアカネの隣にはかつてのように六花の姿はなく、それは明日も明後日も変わらない。それでも前を向いて走るという強い意志がサビの部分に表れています。この心境の変化はまさに最終話で六花に励まされたからこそのものでしょう。
すぐに消えそうな一瞬はこんなにも
美しかったか 愛せていたか
心の穴を満たして
そんな日々の中で、自分が創り出した世界での思い出を振り返り自分に問いかけたのがこの歌詞。自分の情動が怪獣を生み出し、多くの人を傷つけてしまったことへの後悔が歌われているように感じます。振り返る度に自分の心を満たしてくれる思い出に、「もっと愛していればよかった」という後悔を感じながらエンディングは締めくくられます。
映像ではアカネと六花の仲睦まじい様子が描かれながらも、所々でお互いどこか物憂げな表情をしているカットが入っています。その真相が別れであることが、マフラーを巻いて白い息を吐く六花の様子から想像出来るという、ある意味最初からネタバレ全開な映像でした。最初はただ青春要素の補助的な映像なのかと思っていましたが、実は物語の本筋も本筋を描いた映像だったわけですね。
ここまででも充分に素晴らしいエンディングです。しかしこの曲はフルで聞いてこそだと思っているので、続けて二番の歌詞に触れてみたいと思います。
もがいては叫んではそっとこの手を伸ばした
ある時誰かに触れた気がした
君だったんだ…やっとわかった 行かなきゃ
一番の歌詞から、アカネが受け入れたとはいえやはり現実を生きるのは辛いと思っていることは分かるかと思います。この歌詞でもその苦しさは描かれています。ただそこで誰かに触れた気がして、再び前に進もうと立ち直ったことが描かれているのですが、果たして彼女は誰に触れたのでしょうか。
アカネが再び前を向く事が出来るきっかけになるような誰かとなれば、彼女が創り出した世界の人になるかと思います。しかし当然ながら、グリッドマンや六花に触れる事なんて起こりようがありません。それでも彼女が彼らに触れられたと実感出来るものがあるとすれば、それは六花から贈られたプレゼントの定期入れだと思います。
なのでここの歌詞は、六花がくれた定期入れに触れて彼女と繋がりを思い出し、前を向こうと思い直したという、そういう描写だったのかなと感じています。この短いフレーズでここまで情景を浮かばせる表現力には脱帽します。
触れた僕の手と涙に 例えば
見て見ぬフリも出来ただろう それだってのに
ここの歌詞は私がグリッドマンに感じた優しさを、アカネも同じように感じてのこの言葉だったと捉えています。ここで凄く好きなのが、グリッドマンたちの優しさをアカネが理解しているという部分で、彼女がグリッドマン同盟の面々に心から感謝していること、それが彼女の心の支えになっていることが伺えます。
君につながれた一瞬はこんなにも
思い出せるよ 何があっても
「大丈夫」だと思えた
youthful beautifulを聞くと、必ずここで涙が出てしまいます。
大丈夫。アカネは一人じゃないから。
これは最終話でグリッドマンがフィクサービームを放った時、扉を開けることを躊躇うアカネに向かって六花が言った台詞です。アカネには六花のこの言葉がどれだけ大切なものだったのかが、ここでよく分かります。
明日明後日 その先だって
追い続けた君は僕の光だった
ここの歌詞は六花たちグリッドマン同盟が辛い現実を支える光だったということを表すと同時に、もうひとつの意味を持っています。
明日明後日 その先だって隣で
君が待っていてもいなくても 走るよ
このまま足を動かせば 光になる
最終回で六花が「アカネはさあ、どこへ行ったって堂々としてないと。私たちの神様なんだから」と言ってアカネを励ましますが、それを有言実行しようという彼女の思いが、実は一番の歌詞で表現されているのです。六花たちが自分にとっての光になってくれたように、自分も現実に立ち向かってみんなの光になりたい。
光という言葉が何を表しているかが分かることで、初めてアカネの中に「みんなの神様として堂々と生きる」という気持ちがあると分かる構成になっており、つまるところこの曲はフルで聞かないと一番の歌詞さえも伝わりきらない部分があるということに他なりません。
少しずつだけど向かっている大丈夫
無機質の中でも確かに 息をしてる
歌詞の文脈的に一番感動するのはここです。ラスサビ前、もう一度「大丈夫」だという言葉が出てきます。これまで「大丈夫」という言葉は誰かが思わせてくれた感情だったのに対して、ここでは初めて自ら大丈夫だと思ったという違いがあります。つまりここは、ようやく本当の意味でアカネが現実に立ち向かう一歩を踏み出した瞬間だということです。
そんな前向きな歌詞であると同時に、凄く悲しい歌詞でもあるのがここの魅力です。論点は「アカネが何を以て大丈夫だと思ったのか」ということで、それが「無機質の中でも確かに息をしてる」ことなのだとしら、客観的に見てそれは果たして本当に大丈夫なのかと思ってしまいます。言いたいことが言えるからでも上手く笑えているからでもなく、ただ息が出来ているから大丈夫だと思えた彼女の心の傷を想像させる、前向きさと切なさを内包したのがこのフレーズなのです。
結局のところアカネは自ら現実世界に戻っても尚、自分が創り出した世界に後ろ髪を引かれ続けていることが分かります。現実世界のアカネに何があったのかは描写されていませんが、その事は彼女を凶行に走らせるには充分な傷を作り、再びその世界に戻るというのはそう簡単に出来ることではなく、時には一度手にして、もう二度と手にすることの出来ない夢の世界に戻りたいと切に望むこともあるでしょう。それでも大丈夫だと言われた時のことを思い出して、痛みを抱えながらも走ろうとする彼女の心情を歌ったこの曲は紛れもなくSSSS.GRIDMANを語る上で欠かせない要素のひとつ、もっといえば最終回後のアフターストーリーになっています。
私は本当にSSSS.GRIDMANが好きなので、どんな形であれ出来るだけ多くの人に見て欲しいと思っています。今回の記事はネタバレを多分に含んでいるので良い入口とは言えませんが、例え結末を知っていたとしても実際に見ればまた違う感じ方があると思うので、もしこの記事を読んでまだSSSS.GRIDMANを見たことがないという方は、是非とも視聴頂きたく思っております。